はじまり -青春18切符での逃亡-

2013年3月01日

「誰も自分を知らない世界に行こう」

そう思った。

季節は早春、朝の播州赤穂駅。38リットルのバックパックに1週間分の荷物を詰め込み、青春18切符を握り締め人生初の一人旅。現実逃避の旅だ。

 

旅をするようになったきっかけは「別れ」だ。20歳のとき、彼氏や親友など大切な人々がどんどん離れていった。今思えばただ偶然が重なっただけかもしれない。でも当時の自分にとってはすべてを受け入れることは難しく、消化しきれずにいた。悪いことは重なるようで母親との関係が上手くいっていない時期でもあった。

大学に入学し一人暮らしを始めてからというもの、一人を、そして大学生生活を満喫していた。厳しかった親元から離れたことでたがが外れたのだ。ほとんど連絡もせず、地元にも帰らない。そんな娘を母親が気に入るわけもなかった。たまに帰ってもケンカ、たまに電話をしてもケンカ。そんなある日、感情や不満を爆発させ本気で言い合った。一向におさまる気配はなく、最後に一言「あなたとの親子関係の継続は難しいかもしれないねーー」。冷戦状態に突入してしまったのだった。

 

何もかもが上手くいかない気がした。自分を取り巻く全てのものが嫌に思えた。ここから逃げたい、ただそれだけだった。その弱く小さな抵抗心から旅に出ることを決めたのだった。

 

旅の目的地は屋久島だった。周囲132km、世界遺産にも登録されている島。特別な理由があったわけではなかった。できるだけ遠い場所に行きたかった。知らない土地、知らない空気、知らない人々、それが魅力的に思えたのだ。

 

出発前夜、分厚い時刻表片手に鹿児島中央までの道のりをたどった。始発から終電まで少しの余裕もない。5時59分に播州赤穂を出発し、岡山ではさっそく寝過ごしそうになり糸崎から下関では中国地方の横の長さを感じた。八代・川内間は青春18切符ではなく、肥薩おれんじ鉄道の”おれんじ18フリーきっぷ”を使った。1日で九州まで行ってしまおうと組んだ予定は、お弁当すら買うことのできない強行スケジュール。空腹をしのぐ唯一の頼みの綱はリュックにしのばせておいた飴とパン。始発電車に乗り込んでから17時間以上も電車に揺られ続け、乗り換え時間の短い駅では何度も走った。そうして1日をひたすら移動するためだけに費やし、ようやく真夜中前の鹿児島中央駅に到着した。

 

*スケジュール

5:59 播州赤穂発(兵庫県)
7:26 岡山着
7:35 岡山発(岡山県)
9:02 糸崎着
9:03 糸崎発(広島県)
11:07 岩国着
11:08 岩国発(山口県)
14:21 下関着
14:22 下関発(山口県)
14:43 小倉着
14:53 小倉発(福岡県)
16:46 荒木着
16:51 荒木発(福岡県)
19:02 八代着
19:20 八代発(熊本県)
20:52 出水着
21:03 出水発(鹿児島県)
22:11 川内着
22:32 川内発(鹿児島県)
23:20 鹿児島中央着

 

「とにかく横になりたい」と寝床を求め、駅周辺を歩いた。30分ほどフラフラしてネットカフェを見つけ、吸い寄せられるように自動ドアをくぐった。のっぽな店員の適当な説明を聞き案内された一畳ほどの小さな空間。「これでやっとゆっくりできる」なんだか妙な安心感があった。何時間も電車に乗り続けていたせいか疲労は大きく、着替えをすませすぐに眠りについた。

 

翌日も早朝。7時発の船に乗るためフェリー乗り場に向かう。私の倍以上はありそうな大きなバックパックを背負っている人、カップル、家族連れ。みんなそれぞれに時が過ぎるのを待っていた。私は深呼吸を繰り返しても落ち着かなかった。この海の先にどんなことが待ち受けているのだろうか。何も起きないかもしれないし、何かが起きるかもしれない。そんな期待で胸が高鳴った。

たった4時間の船旅が、とてつもなく長く感じた。

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